社屋建設危機の連発

昭和50年6月
30才

人はそれぞれに悩みを持ち、悩みの中で生きています

昭和50年6月4日、大宮の東日本鉄工から帰り路に杉戸の親戚の家を訪問した。夜8時頃、帰り間際になって「真っ赤なバラがとてもきれいに咲いたから持って行きなさい」と束ねて下さり、弟の治が運転するマークⅡの助手席に乗って帰宅の途についた。途中で何度もなにかしら胸騒ぎが起き、50kmの速度を落とさせたり、スピードが増すたびに気をつけるように注意を促した。それでも気持ちがなんとも収まらず、この状態でもし他の車と衝突したら車から飛び出すだろうと今までに感じたことのない不安を覚えた。リクライニングを倒して椅子を引き、頭の後ろで両手を組んでダッシュボードに足を掛け、シートベルトのない時代としては最良の安全対策を講じた。

6号線の柏警察署の交差点に差しかかる頃、右側の大型トラックと併走しながら50kmの速さで走行していた。視界も良く信号は青だ。右側のトラックが右折したのか視界から急に消えたと思った瞬間、目の前に大型トラックが忽然と現れ、トドーンという大音響と共に強烈な衝撃が走り、体がくの字に折れ曲がった瞬間、また体ごと引き裂かれるが如くフロントガラスに衝突した。どの位時間が経ったのか、意識の遠のく中で救急車のサイレンの音が聞こえてきた。ボォーッとした頭のうつろな記憶では「アッぶつかる!この車は保険に入っていたかな・・・これで子供達とも会えないのか・・・あぁ母ちゃん・・・」と何十分の1秒の瞬時にいろんなことが脳裏をよぎった。

運転していた弟を見ると、ハンドルに頭を伏せたまま動かない。動揺する心で激しく体を揺さぶり続け、大声で「治、大丈夫か!治、どうした!オーイ!」頭から血が流れていた・・・数人のお巡りさんが壊れて開かないドアをバールでこじ開けようと、大声を掛け合って必死で作業を続けてくれていた。と、その時、ウーンと低く唸りながら治が血だらけの頭を持ち上げた。

2人とも生きていた!弟はハンドルのお陰で奇跡的に強度の打撲だけで済んだ。私は足の踝が割れて骨折、2ヶ月間入院した。

交通事故から10日目、踝の割れた場所に金具を入れる手術も終わり、ギブスも固まってきたので松葉杖で歩けるようになった。しかしこの時、会社の資金繰りは最悪の状態で、静かに入院生活をおくれるほど甘い状況下ではなく、会社は危急存亡の時であった。建設資金を融資して頂く予定の相互銀行で決済が下りず、工事代金の最終支払日に間に合わない事態が生じていた。

本来、社屋の建設は無理を覚悟で計画したものであった。年商が5,000万円しかない時代に、2年前の土地購入代金残高が1,500万円も残っているところへ、更に5,000万円の建設資金を融資して下さいと申し込んでいたのである。銀行の担当者も頭を抱え込み、上層部に提出する審査資料が作成できずに融資そのものが風前の灯であったのだ。

柏の病院から亀戸の相互銀行へ、足はギブス、顔や手は少し大袈裟に包帯で包み、松葉杖をついてのお願い参りが始まった。担当者は私より15才年上であった。「おい、お前な、毎日来ればいいってもんじゃないんだよ。そんな体で何かあってみろよ。まったく!最近毎日お前のことを考えていると寝付きが悪くてしょうがないんだよな。」と、担当者はぼやき節だった。

銀行に通い出して1週間目に2階の融資席に行ったら「今日は本店のお偉いさんが亀戸店の会議に来るので早く帰ってくれないか」と言われた。肩を落としながらいつもに増して重い足取りで階段を一歩一歩確かめながら降りて行った。すれ違いに背の高い恰幅の良い紳士と視線が合い、なんとなく目礼した。

翌日、融資してくれるまでは何ヶ月でも通う覚悟で2階に上がっていった。入り口の所から担当者の席を見たら、いつもと違ってニコニコしていた。私を応接室に案内した担当者は開口一番「おい、俺はお前と心中する覚悟を決めたよ。ここ1週間悩んだ末にやっと審査資料を作成したんだ。しかし、ひとつ条件が重なった。昨日、階段で会った方は本店の重役さんで、お前を見て(なんであんなケガ人が出入りしているのだ)と聞かれたので、事情を説明したら(ここで又、更に大ケガでもされたらかなわない。善処してあげなさい)と指示されたんだ。お前も少し運が向いて来たな。しかし、今度は一発で審査が通るように万全を期さないと後がない。今の状態では、抱き合わせ融資は避けたかったが止むを得ない。銀行の系列会社のゴルフ会員権750万円を7年返済、金利14.2%の条件で購入するか。」と尋ねられた。選択の余地は全くなく、二つ返事でゴルフ会員権の購入を快諾した。

本店の重役さんは囲碁6段の高段者で、私がお礼に本店を訪問した折に指導碁を打って頂いた。それがきっかけで会社にも来て下さるようになり、色々な面でご指導頂いた。 -感謝-

同年7月13日は治の結婚式が行われ、私は松葉杖にすがり、新郎は体中傷だらけで晴れの日を迎えた。