建て売り住宅購入

昭和40年3月
21才

人には感謝の心で接しなさい
一番大切なことは人の痛みが理解できる人間になることです

21才の時、錦糸町の相互銀行へ生まれて初めて行った。これまで郵便局以外の金融機関とは取引したことがなかった。友人の「銀行に行けば金は貸してくれるよ。」という言葉を信じ、仕事の合間に薄汚れた作業服と「ドタグツ」のいでたちで、取引実績の無い銀行へ、本当に行ったのである。受付で事情を話したら2階の貸付部に案内され、担当者が現れた。銀行内は背広やスーツ姿の紳士淑女ばかりで私は異色の存在であった。一刻も早くお暇しようと挨拶もそこそこに「家を買いたいので400万円程借りたいが貸してくれますか?」と問うた。45歳位でヘヤーポマードをベッタリ塗った担当者は私をうさんくさそうに観察しながらマニュアル通りの問答をした。5分も経たないうちに、いとも簡単に「お引取り下さい。」と言われた。「帰されて無理もないか!」 断られた失意よりも初めて行った金融機関に感動?が大きく「銀行という所は取引がなければ金は貸してくれないんだ!」と妙に納得をした。そんなことがあって何日かが過ぎた頃に先般お騒がせした相互銀行の貸付担当者と名乗る方が現れた。今度の人は高卒でそこに勤めている方で「貴方が私共のお店に来た事を他の行員が話題にしているのをお聞きし、何か助言できればと思って訪問しました。」と家を訪ねて来てくれたのだった。彼は私より2才年上の方で、銀行と上手に付き合う方法や信頼を得るやり方等を詳しく教えてくれた。「本気で取引をする気なら先ず、実績を残すことが大切だ、毎月決まった金額の定期預金をしなさい。」と薦めてくれた。早速、普通預金で個人口座を設け、毎月5万円ずつの定期預金を開始、やり繰り算段しながら延滞なく継続した。やがて2年間の実績が功を奏し、江戸川区春江町で売り出していた建て売りに、住宅ローンを組んで貰い、2階建ての家を350万円で購入した。これを自分で住まずに賃貸し、月額27,000円の家賃収入は毎月のローン返済に充当した。

後の昭和49年に本社社屋を建設する際に売却、2倍以上の差益で売れ、資金面で大きな原動力になった。人間、知らないと云うか、無知の者には怖いものなしであった。